考えることとやるべきこと①

こんなご時世になって以降「コロナが流行してから考える時間が増えた」といったフレーズをSNSでよく見かけるようになった。特に作家や企業経営者の方々はとにかく何か考えているらしく「アフターコロナ以降の〇〇」といったような話が日々飛び交っている。

で、自分もライターとしてこの状況について何か考えていたのかというと、困ったことに全然考えていなかった。ただやるべきことをやって、あとは疲れたら寝ると日々をずっと繰り返しているだけである。(※バーテンとしては結構考えていたので、詳しくは前の記事を)

「みんな世の中や未来について真剣に考えているのに何だ!お前は!」と怒られるかもしれないが、なにぶん忙しかった。特に7月は目の回る忙しさで、休みの日は気力ゼロで倒れっぱなし。せめてHPの更新はせねばと思いながら、全然できていなかった。すみません。

ただこの忙しさは自分にとっては充分にありがたいものだった。ライターという不安定な職業でも仕事が続き、経済的に少し安心できたことはもちろんだが、それ以上に「今やるべきこと」がハッキリと見え、心乱されずに仕事ができたのが大きい。

僕は今MoguLiveというサイトで、VRやVTuber等の記事を担当している。このサイトでは以前からテレワークやバーチャルイベント、オンラインライブなどの情報も発信しており、良くも悪くも今のご時世に沿うような情報を取り扱うことができたのだ。

つまり「外出しにくい人のために今どんな情報が必要か?」という問題意識がメディアの方向性とマッチしていたのである。だから記事を考える際にも「あ、このネタは今の時世でも喜ばれるな」とか「このツールがあれば、在宅中の仕事がより便利になるかも」といったことが分かりやすく、「考えるより手を動かした方が良いな」と判断していた。

結果忙しかったわけだが、その分、読者の方には有益な貢献が(少しは)できたと思っている。こうした「自分のやりたいこと」と「多くの誰かが求めている」ことが一致していて「あとはやるだけ」という状態を体感するのは人生でもなかなか無いことで、その意味で非常に充実してるなー…と感じていた。

もちろん執筆や編集中に全く考えなかったわけではない。でもそれは「人類(自分)はこの先、どんな道を辿るのだろう…」という茫漠としたところからのスタートで無いだけ充分に楽だったと思う。

このままでは「社会の役割が人を救う(だから考えずに自分の仕事に邁進しろ)」的な言説に落ち着きそうだが、そうではない。そうなると「じゃあ、そうした仕事にありつけなかった人達は救われないってことか?」という怒りの声が必ず聞こえてくるからだ。

自分も3年前は都内のお出かけ情報サイトで働いていたので(リストラされたけど)もし仕事を続けていたら冗談抜きで文無しだったろう。逆に「自宅にいるほど感染するウイルス」がこの先蔓延すれば、自分はすぐに身の振り方を考えなくてはならなくなる。本当に危ういバランスの世界で生きていることは常日頃感じている。なので、結局は考えなきゃ駄目なのだ。

その際、問題となるのはスタンスで、「社会はどうせ変わらないのだから、それとは距離を置いて身の回りの幸せを考えよう」という立場をとるのか「社会は大きくは変わらないけど、細々としたことには干渉可能だから何とか変える道を考えよう」を選択するのか、あるいは「社会は変わる!ゴリゴリやっていくぞ!」と全力投球するのかで、全然考える方向性も違ってくる。

僕の場合はモノを書きながら少しでも周りが良い方向に変わっていくことを期待している。(そうじゃないと、この仕事はあまりに辛い)社会の何かを大きく変革するのは無理だと考えつつも、少なくとも自分の仕事で出会う人たちには何かしら楽しいことを届けられれば良いと思っている。だから考える方向性は「世間は暗いけど、それはそれとして何か楽しいことは無いか?」である。

あれ? なんか結局答えは変わらなくないか? これは疲れているからか? 混乱してきたが、スタンスは表明したし、もう深夜1時半だし、考えるのはこれまでにしておく。明日もやるべきことがあるし。

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