楽しく生きたい

まずは、このHPを更新できなかった言い訳からさせてほしいです(すみません。来月からがんばって更新します)仕事が忙しかったのはもちろんあるし、生活面でも結構色々と大変なことが重なって、かなり心身ともにキツイ状態が続いていました。でも、それよりもここ半年(1年?)、ちょっと、SNSの毒をまともに受けすぎて「何をやっても怒られる世の中、怖いよ~><」ってメンタルになってたのが一番書けなかった理由でした。

自分の仕事柄(VRとかVTuberとか)、毎日SNSのトレンドはチェックしないといけないので、Twitterを止めるってこともできなくて、とにかく政府批判や誰かへの誹謗中傷、正義の名のもとに行われる罵詈雑言の表明、有名人のスキャンダルといったものに目を向けることになり、知らず知らずのうちに自分の心は(自分が思っている以上に)疲弊していたようで、この前、妻と些細なことでケンカになったとき、「あれ? 自分ってこんなにキレやすく、根に持つタイプの人間だったっけ?」となり、ふっと自分の顔を鏡で見てみると、眉間にシワの寄った陰鬱そうな中年男が映っており、「俺はもうダメだ」となっていました。

なんでしょう。もっと自分は鈍感で打算的で、だから炎上ネタ程度でメンタルは傷つかないだろうと、どこかで思っていたのですが、全然繊細で、人の言動をものすごく気にする人間だったということに改めて思い至りました。これも、自分の目算の甘さ、不徳の致すところであります。

いやでも、ただでさえ心に余裕のないときに聞く暗いニュースほどメンタルのステータスをゴリゴリ削るものってないと思うんですよ。それを冷静に分析し、距離をとり、そのうえで世間に発信できている人たちは偉いと思いますが、自分には到底できそうにありません。

あ、伝え忘れていましたが、この文章はかなりお酒の力を借りて書いています。今日はウイスキー2杯と日本酒をたくさんって感じで飲みました。「だからといって書いたものに責任がないとは言わせないぞ!」という怖いことを言う人も世間にはおりましょうが、そういうものに怖がっていると、一切何も書かないことが正解となり、そうなると自分がこのHPをやる意味はなくなるので、気にしないことにします。

だいたい、みんな「不安」をつぶやきすぎですよ。不安ポルノとでも言えばいいのでしょうか。例えば、〇〇さんが「今日は△△さんとコラボします。楽しみ~」とつぶやけば「最近は××さんとはあまりコラボしていませんね。仲が悪くなったのでしょうか?」とか「以前△△さんにため口だったのは客観的に失礼だと思いました。これにより関係が悪化する可能性があるのではと杞憂しています」みたいなツイートが山ほどつく。不安を表明することが、あたかも「私は、〇〇のことを誰よりも考えていますよ」という表明であるかのように(〇〇とか××には好き勝手に、タレント名とか地域名とか国名とか入れてもらってかまいません)。

そもそも「不安」って手軽に手に入るものじゃないですか。なぜなら未来のことは誰にも分からないから。例えば、自分はフリーランスで仕事をしているので、明日失職してお金が無くなるという不安が常にあります(つらい!)。でもそれは心配したってしょうがなくて、本来はそうなったらそうなったで対応していくしかないわけです。「毎日考えたってしょうがない」ってことなんです。

でも「明日、国が滅びたりするかもしれない」とか「今年、推しが消えてしまうかもしれない」とか、もう何億通りの不安が常に足元にあるわけで、それをサラっと拾い上げれば「私は〇〇について、目を背けず真面目に考えています」というポーズになる。そこから「そうならないように、今はこうしよう」という答えまで導き出して、それを自分の力で実行できているのなら良いですけど、不安を不安のまま表明したって、それは何にもならないんじゃないですかね。しかもTwitterでいくらお気持ちを表明しようが、それがポジティブな方向に向かうことって、ほぼゼロなんじゃないかと。

せいぜい「私は表明したからな!」という“やった気”になるだけです。世界はそんな個人のつぶやきだけで簡単には動いてくれないって、もう何度も痛感させられているのに。(なんか実際に動いている奇跡的な実例が可視化されているから、実行力があるように錯覚しているのかもしれませんが、あれはやっぱり奇跡なんだと思います。もちろん、テロ行為や犯罪行為に抵触するものは実行力がありますが、それはそれなりに返ってくるリスクを考えないといけないんだと思います)。

むしろ個人の苦言がそのまま何か大きなモノを動かしてしまうことの方が恐ろしいことだってあるわけで、ノイジーマイノリティの意見に左右されて、自由に活動できなくなった人とかも実例があるわけですし、ただでさえ不安をまき散らすことは、他の人にも不安を拡散することになるんじゃないかと。

僕は不安な世の中でも楽しいことを発見し、それを広め、できるのであれば支援できる方がいいわけです。少なくともライターをやってるモチベってそこにあるわけで、「VRでこんな面白い出来事があったよ」とか「恋愛でこんな面白いエピソードがあったよ」とか「こんな面白い映画をみつけたよー」みたいな、そういうことがいい。「お酒飲んで楽しいな」って投稿して、写真のっけて、その日本酒が「吟風」だって分かったとき、「いいな、私も買いに行こう」っていう誰かが出てきて、それで世間がちょっと楽しいと感じる誰がかいれば、それでいい。

もちろんメディアを運営するとなると、そうポジティブなことばかりを書くことってできなくて、たまには「これこれこういう不安が今あります」ということは表明しなくちゃいけない。でもそれは不安を煽るためではなくて、「だから、今度はこうしましょう」と考えられるものにした方が良くて、でも、そこをうまく伝える手法ってどうすればいいんだ~~って今も悩む。なぜなら不安ってめちゃくちゃ味の濃い香辛料みたいなもので、ちょっとでも振りかけると、「あ、不安味だ~~!」ってことで、そこだけが取り沙汰される。どうすりゃいいんでしょうね(お前はその対応策を考えることを手抜きしているという批判は受けます。すみません)

少なくとも「不安という香辛料は劇薬」ってことだけは、こんな場末のHPを読んでくださる親切な方には伝えたかったという感じです。毎日、不安になって過ごすの、ほんとしんどいし、疲れるし、きついし、いいことないので、ちょっとでも良いことを発見するのに力を使った方がいいです。

いつもより乱れた文章で、すみません(「いつも乱れてるだろ!」って思っている方もすみません)。取り急ぎ、楽しく生きたいです。

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