子どもが生まれたことで、急に「年」という概念も生まれてきたような気がする。「最初の反抗期まで、あと1年」「この子がしっかり話せるようになるまで2年」「小学校に上がるまで、あと5年」といった具合に。
驚くべきことだ。なにせ、20代までの僕は「1ヶ月後、仕事の依頼がなくなって餓死するかも」とか「明日の仕事でミスったら人生は終わりだ」とか「俺が5年先も生きていられるはずがない!」とか、とても場当たり的な生き方をしていたからである。
なんというか、自分の意思の根本にあるものとして「今ここで全力を出し切る」「後のことはもうどうだっていい」みたいな、瞬間瞬間に完全燃焼を目指すような性分があり、取材や企画回しも、そういう気持ちでぶつかることが多かった。だから、長期的な計画を踏まえつつペース配分するという思考が苦手で、結局潰れるまで仕事したやつの方が強いという答えに行き着くことが多かった。
しかし、子どもが生まれてからその手を禁じられた。さすがに僕が仕事で完全燃焼すると、家庭の方が立ち行かなくなる。僕が倒れると、妻に2倍迷惑がかかることになる。それはいけない。なので、どこか余力を残すことを考えなければならない。
弱くなったな、と思う。全力を出そうにも出せないし、捨て身でいくような覚悟も持てない。「守るべきものがある人間の方が強い」的な言説もあるが、今ひとつしっくり来てはいない。
時々漫画で「何もかもを失った人間vs守るべきものが多くなった人間」という構図を見かけることがあるが、(根拠はないが)自分の体感で言えば「何もかも失った人間」の方が勝ちがちではないだろうか? と思う。あれは、漫画家さんもまさにそういう生き方をしているからなのかもしれないし、漫画が世界の真理の全てというわけではないけれど。
人生の戦い方が、短期決戦スタイルではなく、長期戦スタイルになったという見方もできるかもしれない。その上で自分が長期戦での勝ち筋を見つけられていないだけとも言える。分からない。未来ほど当てになるものなどなく、保証されている安心もないなかで「長い目でモノを見る」なんて難しすぎないか? と考える。
しかし、短期決戦的な発想というのは、後のことを何も考えないという点では楽なので、「そんな楽な道を選ぶな!」と怒られているのかもしれない。
誰に?
俺よりも未来のある我が子に。
