“今更”ホームページに向き合う

今年の目標はこのタイトルに尽きる。去年は、シノダさんの曲の感想を書いた1記事のみだったが、これからはちゃんとやる。しっかり、やる。「これ、内容的に出しても微妙だな」とか「変な読者に見つかって炎上したら嫌だな」とか「思ったよりボリュームがありそうだから寝かせてしまうか」とか、そういった判断をしない。いや、ある程度はするけど、基準を緩める。もっと適当なこと、ささいな思いつきも書く。ホームページを続ける、そのことに向き合う。逃げない。避けてはならない。

なぜ、こんなことを正月気分も抜けて初心を語る時期でもない今改めて言い出したのかといえば、まぁ、なんだ。最近、結構人生が厳しい。ハードモード過ぎる。我が家の2歳児は父に対して暴虐の限りを尽くし、ひと時の落ち着きも許してはくれないし、半年間くらいかけて全国各地を駆け巡り、取材・編集&関係者との細かな調整を経て、ようやくリリースできた某サービスのプロモーション連載記事が、今年はどうしようもない理由でおじゃんになったりして、虚脱。自分の神経をすり減らすだけすり減らして、大切な感情のいくつかを喪失したように感じながらも、それでも、ここ2、3年くらい育児も仕事も頑張ってきた自信はあるのだが、その成果というか結果というか、達成したな感もほとんど無いまま、疲れるだけ疲れたなという具合で、その間にも昔からのネットの友達やゴールデン街の知り合いはいつの間にか出世してYouTubeとかTVで笑顔で何か色々語っちゃったりしているし、別に自分がそうなりたいわけではないのに「俺何やってるんだろう」って焦っちゃって。本も読めないし、面白いことも考えられないし、友達は減っていく一方だし、子供は夜も泣き止まないし、俺何やってるんだろう。

で、今こうしてホームページに向き合っている。これ以上自分を摩耗させていきたくないし、日々歪んでいく性格を見直せるような鏡としても置いておきたい。ここ数年で随分と偏屈で怒りっぽく、過剰反応で他人に強く当たりやすくなった自覚があるから、それを矯正したいという気持ちもある。あと、これは別の記事としてちゃんと書きたいけど、去年買ったカメラで撮った写真についても色々触れたいことが沢山ある。趣味に集中できない時期に、カメラが唯一自分の創作心を支えてくれたことに関しても、言葉でかたちにしたい。それに、休日をほぼワンオペで育児する環境にいる父親に向けた記事だって書きたい。メモはしているのだが、かたちにならなかったので、何とかする。

「今更ホームページなんて、わざわざ誰も来ないような場所でやらずにTwitter(X)やnoteで書けばいいじゃん。収益にもなるし」といったご意見もあるのかもしれないが、この“今更”にもこだわりたい。あなた方にお聞きしたいが、今のインターネットは、果たして幸せか? 文章系のウェブサービスの歴史をだいぶ大雑把に振り返れば、個人ホームページ→mixiやブログ→Twitterやnoteといった具合なんだと思うが、その進化(変化?)の先で、きちんと自分の人生に役立って、幸せな日々を生きるための糧に繋がっているだろうか? 毎日のように他人の失敗談をあげつらい、自ら進んで炎上の火種を探し、AIで生成された事実かよくわからんニュースに流され、結局誰とも仲良くなれない、そんな世界を目指してインターネットで遊んでいたんだろうか、と。最近そのことばっかり考えてしまう。

現在に行き詰まりを感じたのであれば、それはいったん引き返す他無い。ぼくにとっての引き返す先は、ホームページだった。“今更”と思って多くの人が去った場所から、もう一度考えたい。俺は“今更”だと思われるようなことを今めちゃくちゃやりたい。普段から“最新の情報”ばかりを価値として追うばかりの仕事をやっているからこそ、立ち止まって深く考える時間が欲しいのだ。

息子が静かにしてくれるわずかな時間に、なんとか更新していきたい。よろしく頼みます。

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