若手の音楽ライターさんが、現代の日本で何人いるのかは分からない。もしかしたら、もうゼロなのかもしれない。今、音楽の取材で食べている人は、全員30歳以上で、後進を育成する余裕なんて無いから「自分の世代が最後だろう」が共通の見解かもしれず、だとすれば、この文章はまるっきり無駄なのだが、その方が気が楽かもしれないので、書く。
先に断っておくと、自分は音楽ライターではない。アーティストの方やアイドルの方にインタビューしたり、音楽ライブに取材することはあるが、専門ではない。今はVTuberやVRアーティストの方を取り上げるメディアの編集者であり、20代の頃はフリーでなんでも書いていた人間である。
だから、専門的なアドバイスには期待しないで欲しい。ギターの機材の話やスタジオの音響の話なんて聞かれても困る。そもそも、自分のアドバイスは、本当にその前の前の前の前の段階。基礎中の基礎の話だ。いや、基礎ですらないかもしれない。でも、そのことを書いている人を目にしたり、耳で聞いたりしたことがないから、やっぱり書く。
たった1つのアドバイス、それは「ライブの関係者席に飲まれるな」というものだ。
経験者の方に自分の言わんとしてることが伝わっただろうか?「あー、そういうことね」と思ってくれたら、ハイタッチしたい。ピンと来なければ申し訳ない。続ける。
若手の音楽ライターさん、あなたはきっと関係者席に案内される。しかし、関係者席というのはライブを観る上で最低な環境であることを覚えていて欲しい。あなたが今まで、観客席で見てきた光景とはまるで違うということを認識していて欲しい。
それは関係者席が、ステージから離れているだとか、音が届きにくいだとか、そういうことじゃない。この席に座っている中で最も注意すべきは、周りとのテンションの差である。
関係者席には、当然、関係者が座る。彼ら彼女らの様子を見てみるといい。いかにも「関係者」の容貌である。ライブ中にスマホを取り出して、誰かに連絡する者、聞きたくもない業界裏話をペチャクチャ喋る者、ライブのアイドルたちに目を向けることもせず、ただ退屈そうに座っている者、眠っている者、開始15分くらいで帰る者、そういった、魑魅魍魎が、いる。
関係者席ほど盛り上がらないエリアはない。サイリウムを振るどころか、拍手も起こらない。出演者が起立やアクションを求めても反応しない。「自分たちは反応しなくていい側だ」という態度を崩さないのである。
僕も20代の頃は「関係者席なのに一番ライブに関係ないような態度を見せるのは何なんだ」と憤っていた。しかし、そうした人たちの多くは「会社の付き合い上、仕方なく来た」「最後で楽屋に挨拶したいから来た」など、それぞれに事情があるというのは、後から知った。だから仕方ない、とは思わない。しかし、世の中はそうなっている。情熱のある若い音楽ライターさんは耐えられないかもしれない。
もちろん、中には暗い中で懸命にメモをとるベテランライターさんや、熱い声援を送るおそらく出演者の同業の方も見かけはする。しかし、それは少ないから目立つというくらいのものだ。
そういう状況にいると、現場のライブを観る時のテンションも大きく変わる。そもそも、ライブが盛り上がっているのか分からなくなる。最前列で泣いてるファンと関係者席で寝ている関係者を見て、はたして、あなたはライブは本当に盛り上がったと書けるだろうか?
こういうのが続くと、ゆくゆくはあなたも「関係者」になる。妙にシニカルだったり、業界人じみた視線でライブを見てしまう。あたかも、そういう風に観るのがマナーであるかのように染まっていく。人は思っている以上にその場の雰囲気に飲まれやすい。気をつけて欲しい。あなたが書きたいものも、読者が読みたいものも、「関係者席から見えたもの」ではないはずだ。「観客席から見えたもの」であるはずだ。
関係者席に来てしまったらいつも以上にリアクションをとってみた方がいい。周りから浮くので恥ずかしいかもしれないが、それも仕事だ。多分過剰なくらいのテンションで、ようやく現場の温度感と釣り合うと思った方がいい。もちろん、頭は冷静に、客観的に何が起きているかを観るのも忘れないようにしたい。でも、やっぱり曲やパフォーマンスがよかったら、せめて拍手くらいしよう。
ちょっと思い出したことがあったので、補記する。10年前くらいに、アイドルグループの「夢みるアドレセンス」の取材に行ったときのこと。メンバー全員が、ファンに「回れ右」を指示して、関係者席の方を見るように促したのだ。
「何をするんだろう」と関係者席側で見ていたわけだが、メンバーは「関係者の皆さん、お仕事の依頼、よろしくお願いします!!」と号令し、それに合わせてファン一堂が深々とお辞儀しながら、その言葉の後に続いたのだ。
僕はあれほどロックを肌で感じたアイドルのライブを知らない。関係者席にいると、そういうことも起こる。
