6月と憂鬱

6月、どうにもこうにもうまくいかない。前に進めた気がせず、ただ鬱々と過ごしていた。

息子が風邪を引き、それが1か月間続いた。保育園で流行っているアデノウイルスと呼ばれるものらしく、喉の痛みに耐えかねて飯をろくに食べず、鼻水が詰まって咳ばかり、高熱が出て何度も自宅看病を余儀なくされた。ようやく落ち着いたかと思えば、今度はひどい下痢と嘔吐がはじまり、毎日頭を汗でぐっしょりと濡らしていた。病院の薬もあまり効かず、飯を食べないから少し太ももが痩せた気がする。ただでさえ、1歳になっても成長曲線の下の方から上がらないのに、この先の不安が募る。

自分も息子から風邪を移され、休日は高熱にうなされる日々が続いた。喋るのが苦しく、億劫になり、憂鬱はどんどん深まっていく。妻に感情的に当たり散らし、ひどい喧嘩を何度も繰り返した。こんなに頑張っているのに、なぜ報われないんだ。なぜ、仕事の大事なタイミングでこんなことばかり起きるんだ。言いたいことは、突き詰めるとそれだけだった気がする。

振り返ると、30を過ぎてからの日々は疲労と憂鬱が募っていくばかりだ。メディアの仕事なんて、いつ無くなるかも分からないという緊張感もあるし、この先自分のやれそうな職も思いつかない。バーテンをやっていた頃は楽しかったが、これが毎日続くと心身が潰れるなという気持ちもあった。子どもが生まれてからは新たな責任ものしかかり、下手なチャレンジはできないという気持ちもある。しかし、ライターや編集者という仕事が果たして将来にわたって継続するようなものなのかというのも信じがたい。結局、色んな方向のことを幅広く勉強するしかないのだが、その時間と気力は日々の生活に削られていくばかりだ。

ただ、子どもだけは希望で、それを根拠なく信じることによって辛うじて生きているのかもしれない。早く良くなってくれ、病院に行かずとも良い丈夫な身体であってくれ。保育園に提出するように言われた七夕の短冊に、まいにち健康でいられますようにと書き、連絡帳に挟んだ。

もう7月がはじまっている。

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