先日、文学フリマに親子で参加。学生時代からの友だちと作った「放課後」というミニコミの売り子を手伝ったりした。とは言っても、自分の目的は、友だちに息子を見せることがメインであって、ほとんど同窓会に向かうような心持ちだった。
今の放課後のメンバーは、岡山や新潟など日本各地に散ってしまって、直接会うのは数年ぶり。LINEなどで、時々やりとりはするものの、積もる話をする機会はほぼ無かった。ミニコミを作る段になって、あらためてそれぞれの境遇を知ったくらいである。
この機会を逃せば、もう2度と会えないかもしれない。そういう危機感もちょっとだけあったかもしれない。30を過ぎると呑気に「また明日」とは言えなくなり始める。実際、言えなくなってしまった友だちもいる。
文フリの現地で会った友人たちは、皆歳をとっていたが、元気そうだった……と書けばジジイくさいが、1歳の頃に一度だけ顔を見た友だちの息子が、6歳になって、陽気に豚骨ラーメンを啜っているのを見てしまうと、時間の経過に思いを馳せざるを得ない。1歳半の我が子との身長を見比べて、「これが人間の成長か……」と感慨に耽ったりもした。みんな大人になって、それぞれに向き合わなければならないものに向き合って、だから今回良いミニコミが出来たなとも思う。
子どもだけでなく、文フリの会場もデカくなった。ビッグサイトなのだからデカいのは当たり前だが、秋葉原の小さい会場にパイプ椅子が並んでいた光景を知っていると、なおさらそう思えた。開場時間を過ぎて来場したのにも関わらず、長蛇の列ができていたのにも驚いた。久々に会ったらめちゃくちゃビッグに出世してた友だちを見るみたいな気分といえば良いのか。20歳の頃の自分が見たら目を輝かせていただろうなと思うような規模感だった。
そんな広い会場で、正直、放課後メンバー以外の昔の知り合いと顔を合わせると気まずいなと考えていた。今は読書会もバーの店番もやってないわけで、(本は出したけど)文学の現場にいる感覚もないし、何か一緒に盛り上がれるような共通の話題も無くなっている。なんというか、胸張って顔見せられる感じじゃないなと思っていた。
それでも、何人かは自分に気づいて、遠くから手を振ってくれる人たちがいた。「ゆりいかさん!」と声をかけてくれる人もいた。こっちが息子を抱え上げると「おぉ!息子!」と返事してくれる人もいた。人混みが激しく、みんな濁流に流されるようにあちらこちらに向かってしまい、ほとんどの人とゆったり会話など出来なかったが、素直に嬉しかった。
同じ時間と場所で、それぞれが交差し、遠くから手を触りあう。濃密な人間関係の中にいる人たちからすれば、本些細な、コミュニケーションとも言えないようなすれ違いだが、そういう瞬間があるから生きていける自分のような人間もいる。また会えるかは分からないが、見かけたら何度だって手を振りたいなとは思う。
あっ、文フリで売った放課後の通販はここでやってます。
