多くの人がそうであるように、20代の頃はロクな思い出がない。自意識過剰で人との距離感が掴めず、他人依存なくせにトケドゲとした言葉ばかりを吐いて傷つけ合い、自分の実力のほども分からず、何か大きな存在になれたかのように振る舞っては、自分の小ささを誰かに見破られないかと不安で震えていたりして……。
20歳前半の自分がドップリハマっていたのが、あまり人のいなかったTwitterと、配信システムが整備されていないUstreamだった。承認欲求は膨れるだけ膨れ上がって醜い怪物のようで、とにかく誰かと繋がりたい、自分は孤独じゃないと実感したくて、必死で呟いたり、配信したりしていた。ベタな表現で申し訳ないが、「画面の向こう側の人たちと本当に繋がっている」という感覚が欲しくて、部屋から出られないまま、朝までキーボードを叩き続けた。思えば、あの頃は今よりもずっと夜が長かった。
シノダさんと出会ったのも、その頃のことだった。Ustream Checkerというアングラな溜まり場みたいなところで、たまたま音楽の話題を配信していた時に知り合って、Skypeで個人的なことをチャットするようになった。当時のシノダさんはアコギで自分の曲を淡々と弾いたり、誰もやらないようなゲームを深夜に黙々と遊んだりしていた。豪快な笑い方をするのにどことなく暗い人というのが当時の率直な感想だったと思う。今思えば本当に不遜な考えだが「気が合いそうだな」と思っていた。そんなイキった学生に対してシノダさんはやさしかったし、勝手に大学のサークルの先輩のような親しみを持っていた。
大学2年生の冬休み。青春18きっぷで当時シノダさんの家に遊びに行った。配信画面で何度も目にしたアパートだから初めて入ったという気がしなかったことを覚えている。台所には洗っていない皿が溜まっていて、その皿にパスタのケチャップがこびりついていたから、「血みどろのスパゲッティ(※シノダさんが昔組んでいたバンドの曲)だ!」と感動したりもした。長旅で疲れていたこともあって、僕は来て早々に布団をお借りしたのだけど、シノダさんは気にせずUstreamを立ち上げて淡々とギター配信を始めた。
揺籠の中にいるみたいだ……。片付けられていない古くて狭いアパートの一室に優しく響くギターと声は、あまりにも心地よかった。世間とか現実とか、そういうせせこましい場所から遥か遠くに離れたところに来たかのような、そんな感覚。今でも、あの夜のことをよく思い出す。
シノダさんから『cakebox』の1枚目のmp3データをもらったとき、本当に頭がおかしくなるくらい繰り返し聴いた。聴いて、聴いて、気持ちがドンドン沈み込んでいく……。不思議と安らかで、どこの駅にも到着しない電車の中に迷い込んだような感覚を何度も味わった。何故耳から離せなかったのか? ボンヤリとライターになりたいと考えていたもののどう考えても真っ当な道を選べないという将来への不安、インターネットでの文字ベースでの交流を起因とした色んな人たちとの感情の行き違いや衝突、ロクなバイトもせずに部屋にこもってばかりいる自分への嫌悪感などなど、あの当時の「行き詰まってしまった」という感情を慰撫されたくて、シノダさんの音楽を求めてしまったのかもしれない。シノダさんの曲はどんなクズにも優しくしてくれるし、それでいてちっともこちらを励まそうとはしていないから。揺籠のように感情は揺れ動くのに、どこにも運ばれていかない……。
感情の行き詰まり。それはシノダさんの『cakebox』のvol.2までに通底しているテーマの一つだと勝手に思っている。「春雨」「セカイ系」と個別のタイトルを上げて粒さに解説せずとも、曲に込められた心地よすぎる閉塞感と無力感が、当時のネットしか居場所のなかった人間にどう響いたかは想像できるはずだ(もしかすると、現代のインターネットの喧騒に慣れきってしまった人には感じ取れなくなってしまったかもしれないが……)。
その後の「cakebox」のvol.3や「NECTER」から、シノダさんは結構大きく変わった、と思う。何より上京し、人との交流の幅が広がり、バンド活動も盛んになり、ヒトリエに至るまでの筋道が着々と作られていったことで、本人の中に変化があったのは間違いない。「東京」や「last song」など、どこへ辿り着くかは分からないがとにかく進むという覚悟を感じる曲が出てきて、当時はその変化に驚き、取り残されてしまう寂しさを噛み締めた。「東京」を何度も聴いて、ただ焦るばかりで、結局自分はどこにも就職できずにいた。
そういえば、あの頃の僕の数少ない自慢のひとつは、誰よりも先に「シノダナオキ」に焦点を当てた文章を書いてカルチャー系のサイトに掲載したことだった(ネトカルというサイトだが、もう閉鎖されて久しい)。当時は配信界隈でこそコアな人気を獲得していたが、現在のYouTube全盛期とは違って、ネットの人気が直接現実に反映されることなどほとんどなかった。そのことが何故だか無性に悔しくて「何でこの人が売れてないんだ!」みたいなことを殴り書いた。それは半分以上自分の行き詰まった現状を身勝手にシノダさんと重ね合わせて書いた乱暴なポエムだったが、シノダさんの曲を聴いて、何か少しでも言葉にしたいと思ったのも事実だ。
シノダさんとはその後も何度か、僕がゴールデン街で働いていた時などに会ったりしたが、もう何年も連絡をとっていない。僕の息子が生まれたこともシノダさんは多分知らないだろうし、こんな孤島みたいな場所にこんなことを書いていてもしょうがないのだけど、長い時を経て配信された「cakebox」を聴いて、何か書かざるを得ない衝動があったので書くことにした。今もまだシノダさんの曲は自分に優しい。
