部屋を掃除していて、机の引き出しの奥に腕時計を見つけた。
たしか学生時代に遠い親戚から譲り受けたものだが、顔を思い出せないので、もしかすると直接会ったことはないのかもしれない。にも関わらず、僕が当時ネットで何かモノを書いたり読書会したりしているという情報だけが両親を介して先方の耳に入っていたらしく、それだけのことで関心されて「これからも勉学に励みなさい」といって贈ってくれたのだという。ありがたいけど、何がその親戚の方の気を強く引いたのかは分からなかったので、正直どう扱ってよいかわからず、一度も使わないまま入れ物に納め、今の今まで眠らせていた。そもそも、貧乏ライターの身分では金色に輝く高級腕時計を気軽につけても不釣り合いでしかなく、成金趣味的な振る舞いに対するうっすらとした嫌悪もあった。仕事で食えなくなってしまったら質にでも出そうかなと、親族には悪いが手元にある保険のように考えていたところもある。
およそ15年ぶりに手にした時計は、特に傷ついたり錆びついたりといったことは無かったが、秒針の動きがおかしかった。ピピっと一気に2秒ほど先に進んだかと思えば、急に立ち止まり、ハッとしたようにまた慌てて進む。裏側をみても、歯車パーツの一部がフラフラと揺れていて、これが正常なのか壊れているのかの判別もつかなかった。そもそも電池を入れるような場所がないし、どうやって動いているのかも分からなかった。
再び引き出しのなかに放置してもよかったのだが、このままだと一生使わない気がするし、もし故障していたのだとしたら早めに直した方が傷は浅いかもしれない。そう思い立ち、日曜日の午前中、2歳児を引き連れて、隣の町の時計屋へ向かった。今どき時計屋なんてそうそう近くに見つからないだろうと踏んでいたが、検索すると意外にも一つの町に2件もあって、東京はこういうところが強かだよなと思ったりした。
時計屋は、やはり静かな場所でなければ商売が成り立たないのか、閑静な住宅地の中にあった。時計の針の音が響く白い室内に、寡黙そうなご高齢の時計職人の方と、その弟子らしき店番の方がいて、特に親しく接してくるわけではなく、淡々とこちらの相談を聞いていた。もしかして自分の持ってきた腕時計が盗品だと思われたのではないかと緊張したが、腕時計を分解し始めるとポツポツと話しかけてきた。
「自動巻き式でね。中にローターが入っていて、それが回ると時計が動く仕組みになっているから、2.3日腕につけて動かしていれば、そのうち動くようになります。それでも動かなくなったときは、また来てください」
驚いた。そんな方式で動く腕時計があるとは知らなかったのだ。後で調べて分かったことだが、人の腕の振りに合わせて自然と中の機構が回転して、ゼンマイを巻き上げるのだそう。電池などといった安直なものではなく、人の動きそのものを利用して自走すると言う発想に、時計を永遠に駆動させようとする職人の狂気的な執念を見た気がした。
店を出て、試しに腕時計をはめてみた。当然まだ正確な時間合わせは出来ない。しかし、どこかこの時計の正体というか、核心の一部に触れたような気がして、その日、眠る息子を抱っこするとき、米を磨ぐときやテーブルをふき取るとき、洗濯物をハンガーにかけるときなど、ささいな瞬間に2秒ごとに動く秒針をじっと見つめることになった。
これまで、時計をあまり好きでは無かったかもしれない。何かに集中しているときに限って邪魔をするのは時計であったし、針の動きを気にするのは、時間に追われているときか、逆に何もすることがない手持ち無沙汰のときばかりで、心が満たされ充実しているときに見ることが無かったからだ。記憶をたどる限り、腕時計を特に使っていたのは高校受験のときと新卒の採用面接のときで、そのどちらにも失敗していた自分にとっては、苦い思い出の中にあったアイテムであったことも、遠ざかっていた要因と言えるだろう。今は育児と仕事のスケジュールを管理するためにAppleWatchを使ってはいるが、それも現在が苦しいからやむなく使用しているのであって、充実した日々の愉しみのために使っているのではない。
時計というものは冷酷で厳格な規律であり、自分の持つ主観的な時間の感覚と寄り添うものではない。もっと雑に言えば、仲良くなれない気がしていた。日々の体験を刻み、切断し、管理する統治者のような存在と言えば分かるだろうか。
しかし、時計もまた時間に必ず追いつくために走る1人のランナーだと捉えると、その冷徹な表情の奥底に熱を秘めているのではと想像したくもなる。何もかも過ぎていく時間の流れのなかでは、時計ですらも絶対的な存在ではないのだと、秒針を規律正しく刻めずにもがいている腕時計を見ながら、そう思った。
この時計がいつ直るのかは分からないが、しばらくの間、この秒針を目で追う日々が続きそうだ。
