毎朝、仕事は嫌だ、働きたくない、子どもの世話がしんどい、苦行、身体が重い、人生が辛い……と思いながら、6時ごろに目覚め、毛布にくるまったままDuolingoを立ち上げて英語コースをひとつだけ終わらせる。そんなルーチーンをはじめて、77日が経過した。
意識の高さの自慢をしたい訳ではない。実際、Duolingoをはじめてから英語が劇的に分かるようになって仕事に活かせて、給料倍増!などともなっていないし、海外の人と潤滑なコミュニケーションを発揮して、多くのかけがえのない友人を得たわけでもない。いまだに高校1年生レベルでつまづいているし、次の日には英単語をポロポロ忘れているので、成長の実感をまるで得られないのが本当のところだ。
ただ、自分には少しでも継続して頑張れるものがあるという気持ちを持ちたくて、続けている。特に飽き性が激しい性分では無い。むしろ好きなことの継続自体は得意な方だ。しかし、幼い子どもと暮らしていると、何かを継続すること自体の難易度が高くなる。急にイレギュラーな事態に巻き込まれて、スケジュールの何もかもが無茶苦茶になり、昨日まで出来たことが全然出来なくなるなんてことが起きる(今月も突然妻が倒れて救急車に運ばれたり、息子が香水を誤飲して病院に向かったり……)。不測の事態に振り回され続けていると気持ちは荒れ放題になるし、実際めちゃくちゃ怒りっぽくなった。自分の思ったようにならないことにイライラするのは子どもじみているが、なかなか止まらない。一通り怒り散らしたあと、どうしようもない気分になる。
だからこそ変わらず続けることに目を向けたい。全然成長を実感できずとも、ほんの少しのしょうがないプライドを保つためだけにやる。いつか、こんなちょっとのこともできないくらいのことが起こって、その時点で止まったとしても「少なくともこの頃はここまでやれた」と思えるように。
そうは言いつつも「いつかイギリスとか行きたいなー」とも、ほんのり思う。一生行かないかもしれないし、英語が通じず酷い目に合う可能性もある。それでも、ぼんやりとでもやりたいことを考えていないと、気がついたらやるべきことだけやって全て終わってしまいそうだから。
関係ないけど、最近、苔玉を買った。小学生の頃以来、植物の面倒を見る習慣など無かったが、ふと急に自分の人生に必要な気がして手に入れた。
購入して1週間、まだ枯らしたり腐らせたりはしていない。こうやって、少しずつ変えながら続けていくしかない。
